Tama語録

ふつうのおばさんのTamaさんです。考えてる事や感じる事をゆるゆるに、でもココロ込めて書き留めていきますね。長く緩くて寛容な国に住んでいたので、ちょっとユルいです。(事情あり、アイコンは10年程前の写真です。)

「寛容のパラドックス」

私がアブダビで学んだことは、いろんな国からのいろんな文化背景と生活環境の人たちが共存する中で、常に寛容さを持って受容することで相手の尊厳も自分の尊厳も護られていること。低賃金労働者であっても幸福感が高いこと。
日本に帰ってきてリバースカルチャーショックの中で一番気になったのが、自己肯定感の低さ、他人を承認する目の不必要なまでの厳しさ、幸福感の低さ。相手にダメ出しする感情はヘイトになって、ヘイトは相手に向かうものでありながら自分を侵食してしまうもの。反対に寛容さを持って受容することは、ラブの基盤。
アブダビでは寛容さをビジネスにまで持ち込むから仕事がきっちり進まない。だけど、それも受容してそれで社会が回ってる。日本ではより正確であること、より綿密であることが正義とされるビジネスの態度がプライベートでまで持ち込まれて、結果自分も他人も不寛容に否定して、どちらをも幸福にしてないように見える。(ビジネスでさえも、ルールを守るためのルールになってしまっているのか、生産性はOECD諸国37カ国中21位。先進7か国の中では最下位。)ラブがないだけじゃなくて生産性まで低い。
私が日本に必要だと思うのは、不寛容さに対する不寛容さ。(寛容さを希求する自分は不寛容さに対して不寛容だから、ソレどうしよう?と思っていたら、「寛容のパラドックス」というコンセプトがあるらしい。)目的を持たない、もしくは目的を誤った厳密さや不寛容さは、人と自分の幸福を阻害するものだと思う。
よかったら、「寛容のパラドックス」を行動に移すこと、一緒に実践してください。Shot by #<User:0x0000558c7f2b9a10>